枕草子 第百二段
 
 (底本は岩波「新日本古典文学大系・枕草子」。これは、枕草子四系統本のうち、三巻本系統第一類・陽明文庫本を底本としている。)
                                         格助詞
    二月つごもりころに、風いたう吹きて空いみじうくろき
       陰暦2月の末の頃に      風がひどく吹いて空がたいそう黒く曇ったうえに
 
  雪少しうち散りたるほど、 黒戸(くろど)主殿司(とのもづかさ) 来て、
   雪が少し散りかかっているときに   黒戸に主殿司が来て

                          謙譲語[主殿司→清少納言]           已然形 順接確定条件
   
            「かうて
さぶらふ。」     と 言へ  
        (こうして控えております)ごめんください」と  言う    ので

   寄りたるに
   (私が黒戸に)寄ったところ
  
  「これ、公任(きんとう)の宰相殿の。」とて あるを、  見れ ば
  これは、公任宰相殿の(お手紙です)と言って差し出すので、(それを)見ると、
 
   懐紙(ふところがみ)に、
    懐紙に
                    係助詞
      すこし春ある ここちこそ  すれ
     少し春の気配がある 気持ちがするよ
      
   とあるは、 げにけふのけしきにいとようあひたるも、
     と書いてあるのは、本当に今日の様子にたいそうよく合っていることにつけても

        
    
  これ    本はいかでかつくべから、と思ひわづらひ
    この歌  の  上の句は どうして 付けたらよかろうか    と思い悩んだ。

疑問代名詞 係助詞
    
     「たれたれ     。」  と問へば
        「同席には誰と誰がいらっしゃるのですか」と問う と、
 
     「それそれ。」と言ふ。
     「誰と誰ですよ。」 と言う。
           
    みな    いと はづかしき中に、
  みなどの方も  たいそうこちらが恥ずかしくなるほど立派な方々の中に
                    
  宰相の御いらへを、いかでか ことなしびに言ひいで 
   宰相へのお答えを  どうして 通り一遍に返事ができようか、(いやできはしない)。
 
  と心ひとつに苦しきを
    と自分の気持ち一つで悩んでいるのを、
           
  おまへに御覧ぜさせむ とすれ ど
    中宮様に お目にかけよう  と 思う けれども
 
  上のおはしまして おほとのごもりたり。
    天皇がいらっしゃって   おやすみになっている。
 
   主殿司は、
  
    「とくとく。」と 言ふ。
      早く早く    と(せき立てるように)言う
 
  げに    遅うさへあらむは、いと取りどころなければ
   なるほど(たいした返事もできない上に)遅くさえあったらまったく取りえがないので
 
   さはれ    とて、
     どうにでもなれ   と思って  
 
     寒み  花にまがへて   散る雪に
  空が寒いので 桜の花に見まちがえるほどに 散る雪に
 
  と、わななくわななく書きて取らせて、
   と、ぶるぶるふるえながら  書いて与えて
 
  いかに思ふらむ   と わびし
   どのように思っているだろう  と  心が痛む。
 
    これことを    聞か ばや と思ふに、
      この上の句についてのことを 聞きたい  と思うけれども
 
  そしられたらば   聞か じ  と おぼゆる を
   そしられたならば   聞き たくない と  感じている  と
                                                                                            
                                 
係助詞
   「俊賢の宰相など、『なほ内侍に奏してなさむ。』となむ
       「俊賢の宰相などは、 『やはり天皇に申し上げて内侍にしよう。』と
 
                                    係助詞
  さだめたまひ。」とばかり
     決定なさった。」 というようなことを
 
  左兵衛督の中将におはせ、      語りたまひ
   今の左兵衛の督で、当時の中将でいらっしゃった(方)が、 お話になった。
 
【基本学習】
 
        (登場人物・場面展開・心理)
    
    問一 語り手(清少納言)が直接話している人物を挙げよ。 
 
   問二 手紙の相手は誰か。
 
   問三 殿上の間にいたのはどんな人たちか。
 
   問四 語り手は、@誰に A何を 相談しようとしたのか。

       また、Bなぜ相談できなかったのか。
 
   問五 語り手が手紙に返事をしょうと決心したのは、どんな気持ちからか。
 
   問六 語り手が、@返事を書いて渡す時、どんな気持ちであったか。

      また、A返事に対する反応を聞くことについて、どのように思っていたか。
 
   問七 返事に対する反応は、実際はどんなものであったか。
 
   問八 語り手は実際の反応について、どのように感じていたか。
 
      (基本的文法・基本的古典語句)

   問九 次の語句は、条件法を表している。おのおのどんな条件法か。
  
    後のA・B群の項目から選んで記せ。
  @「言えば」 A「寄りたるに」 B「見れば」 C「問へば
  D「苦しきを」 E「すれど」 F「とりどころなければ
  G「思ふに」 H「そしられたらば」 I「おぼゆるを
 
   A群( 順接  逆接 )
   B群( 仮定条件  確定条件 )
 
   問十 次の語句の意味と文法的説明を述べよ。
      @「いみじう」 A「とて」 B「げに」 C「けしき
      D「はづかしき中」 E「いらへ」 F「わびし」 G「なほ
 
   問十一 次の係助詞の結びの語を一単語で示せ。
      @「(ここち)こそ」 A「(奏してなさむ』と)なむ」 B「(とばかり)
  また、C「(たれたれ)」の結びはどうなっているか。
 
【発展的学習】
 
 
   問一 次の陳述の副詞について、呼応する語を示せ。
      @「(本は)いかでか」 A「(いらへを)いかでか」 B「いかに
 
   問二 次の敬語について、(ア)敬語の種類を記し、(イ)誰から 
      (ウ)誰への敬意かを示せ。また、(エ)「敬意のない語」に改めよ。
 
     @「さぶらふ」 A「ご覧ぜ(させむ)」 B「おはしまし(て)」
     C「おほとのごもり(たり)」 D「おはせ(し)」
  また、E「(語り)たまひ(し)」いついて、文法的説明をせよ。
 
   問三 次の語句について、(ア)文法的に説明し、(イ)どのような意味  
     になるか説明せよ。
 
     @「聞かばや」      A「聞かじ
 
   問四 枕草子について、次のことを調べてみよう。
      @作者について
      A成立時期について
      B内容の分類について
      C枕草子は、後世にどんな影響を与えたか。
 
   問四 藤原公任の歌と清少納言の歌との関わりについて調べてみよ
     う。 
 
   問五 ここに引用された白居易の「南秦の雪」について調べてみよ
     う。
                   
          本文中の語句や人物の説明

          問題の解答(基本学習と発展的学習 問一〜三)

          問題の解答(発展的学習 問四:枕草子について)

          問題の解答(発展的学習 問五;歌の贈答
              問題の解答(発展的学習 問六:漢詩)

           摂関政治の系譜(藤原道長を中心に)

         枕草子年表
                                      
                                                解答と説明