瀬戸内万葉の旅 深津島山(ふかづしまやま)
[深津島山伝説] 「一匹の年を経た大蛙が住んでいた。ある時大蛇がやって来て、その大蛙を呑もうとした。大蛙は逃げ回ったが追い詰められてどうしょうもない。大蛇の大きな口が迫ったとき、大蛙は恐ろしさに凝り固まって、なんと大きな岩になってしまった。
大蛇はその岩になった大蛙をくわえて呑み込もうとしたが、とても呑み込むことができず、大いに落胆して、
とうとう大蛇もこの場所で死んでしまった。
その大蛇の頭は王子山にあり、尾は市村山の裾にあった。そして、岩になった大蛙は、西の浜の沖の田の中にある蛙岩である。」
これは、江戸時代の馬屋原呂平が1804年に書いた「西備名区」にある伝説です。 古代人は、蔵王からうねうねと海に向かって続く深津の半島の山並みから、大蛇の姿を連想したのでしょう。そして、その山並みは王子から海に落ち込み、その先に
ある大きな岩礁は、まさに大蛇に呑み込まれようとする大蛙を想像させたに違いありません。中世には、満潮時にその岩礁は暗礁となって、舟がよく座礁したということです。
いま、港町公園の北東隅に「蛙岩」と称する岩があり、側に小さな祠(ほこら)が建っています。 |
深津島山の歌
万葉集巻十一 柿本人麻呂歌集の歌
2423 道の後(しり) 深津島山 しましくも
君が目見ねば 苦しかりけり 【路後 深津嶋山 暫 君目不見 苦有】
備後の国の 深津島山の しばしでも あなたにお会いしないと 苦しいのです。 ☆道の後=国名。吉備の国のうち、都から遠い方の国、すなわち備後の国。
☆上の二句は「しま」の同音の繰り返しの序祠
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