むろの浦 辛荷からにの島 
    室の浦(兵庫県御津町室津)

    万葉集巻十二 3164
   羈旅にして思いを発す歌53首のうち36番目の歌

    室の浦の 瀬戸の崎なる 鳴島(なきしま)の 磯越す波に 濡れにけるかも

        室之浦之 湍門之埼有 鳴嶋之 磯越浪尓 所沾可聞

    室の浦の 瀬戸の崎にある 鳴島の 磯を越す波に 濡れてしまったよ

 瀬戸=海峡のことで、潮流が速いところ、ここは相生湾口の金ケ崎と君島(古の鳴島)と
 の海峡を指す。

 鳴島=今の君島(きみしま)と考えられている。金ケ崎の南方300メートルにある小島。
     (下の写真参照)

     辛荷の島
  
    万葉集巻六 942

   辛荷の島に過ぎる時に 山部宿禰赤人が作る歌 一首并せて短歌

 あぢさはふ 妹(いも)が目離(めか)れて しきたへの 枕もまかず 桜皮(かには)巻き

 造れる船に 真梶(まがじ)貫(ぬ)き 我が漕ぎ来れば 淡路の 野島も過ぎ 

 印南(いなみ)つま 辛荷の島の 島の間(ま)ゆ 我家(わぎへ)を見れば 青山の

 そことも見えず 白雲も 千重(ちえ)になり来(き)ぬ 

 漕ぎ廻(た)むる 浦のことごと ゆき隠(かく)る 島の崎々 隈(くま)も置かず

 思ひぞ我が来る 旅の日長(けなが)み

  (あぢさはふ) 妻に別れて (しきたへの) その手枕もしないで 
 桜皮(かにわ)を巻いて造った船に 梶を通して 漕いで来ると 淡路島の 野島も過ぎて 
 印南つまもあとにして 辛荷の島の 島の間から 故郷の方を見ると 青い山々の 
 どのあたりが故郷かともわからず 白い雲も 千重(ちえ)に重なって来た。
 漕ぎ廻る 津々浦々に 行き隠れる 島の岬ごとに どこでも 私は恋しく思い続けることよ
 旅の日数が長いので。
 

       
反歌 三首

943 玉藻刈る 辛荷の島に 島廻(しまみ)する 鵜(う)にしもあれや 家思はざら

   玉藻刈 辛荷乃嶋尓 嶋廻為流 水烏二四毛有哉 家不念有六
 
 
  玉藻を刈る 辛荷の島で 島の周囲を廻って魚を捕っている 鵜ででもあったら 
   家を思わないでいられるだろうか
 

944 島隠(しまがく)り 我が漕ぎ来れば ともしかも 大和へ上(のぼ)る ま熊野の船

   嶋隠  吾榜来者  乏毳  倭辺上  真熊野之船

   
島陰に停泊しながら 私が漕いで来ると  うらやましいなあ 大和の方へ上っていくよ

   熊野の船が

945 風吹けば 波か立たむと さもらひに 都太(つだ)の細江(ほそえ)に 
  
    浦隠(うらがく)り居(を)り


    風吹者 浪可将立跡 伺候尓 都太乃細江尓 浦隠居

   
風が吹くので 浪が立って来ないかと 天気の様子を見るために 都太の細江で 
   

   
浦に船を泊めて潜んでいる


  都太の細江=姫路市飾磨区今在家(いまざいけ)のあたり。船場川(飾磨川)の河口。
君島(古の鳴島)
右の岬が金ヶ崎
室津(古の室の浦)
の全景

右端が藻振鼻

中央の小高い丘の向こう側に港がある

丘の上には
賀茂神社がある

室津の藻振鼻(もぶりのはな)  頂上に万葉歌碑がある 
左の小島は君島(古の鳴島)
右の濃い岬は金ケ崎
藻振鼻の頂にある万葉歌碑
赤人の歌 反歌943
「玉藻刈る」の歌
犬養孝氏揮毫
  どこか懐かしい室津の家並み 辛荷の島 
左から地ノ島・中ノ島・沖ノ島