| 釣り吟行 | 
|    十年余り前の晩秋、同僚から誘われ、釣りを始めました。それも、夜のメバル 釣りです。初めは、こんな寒い夜中に何を好んで行くのかと不審に思いつつも、釣りは元来嫌いではないし、好奇心も手伝って、蒲刈島について行きました。その夜はまたよく釣れたのです。ビギナ−ズ・ラックです。仕掛けも、釣り座も用意してもらったのですから当然といえば当然でしょう。それからが病み付きです。自分の方から同僚を誘ったり、やがて一人でもリュックを背負って出掛けるようになりました。   瀬戸の島々の夜は、折り節の変化に富み、とても魅惑的です。島の人の情も厚く、釣れても釣れなくても、心を洗って帰れます。そう、釣れないときは、また多くの楽しみがあります。空が晴れていると、月夜には変化に冨む島々のシルエットが美しく重なり、闇夜には満天の星が季節を彩ります。曇りや雨の夜は波の音の変化を聞き、万葉人の潮待ちの心を思いやります。雪の夜は、すべての時間が止まります。そしてもう一つの楽しみは、その時々の変化を句をすることです。我流で句を作り、悦に入っています。ただし、句作の多い時は、釣れない夜です。          ○ 凩(こがらし)や野猫寄り添う波止(はと)の釣り  冷たいこがらしの吹く夜は、気付かぬうちに、猫が風下に来て、時には膝の上に乗っていることもあります。何度か通うと同じ猫がすぐに寄って来ます。島には猫が多い。鼠が多いためか、こころ優しい人が多いためか。港々に恋猫がいます。   ○ 大めばる鰓(あぎと)の息もぬるみけり  春はめばるの季節。早春の外気は冷たいけれども、釣り上げた魚の口からは、温かい息を感じます。春の息吹きといったところでしょうか。   ○ 遠雷(えんらい)やうれし虹立つ柱島(はしらじま)  夕立ちのあと、遠くの島々を渡るようにまだ雷が鳴っています。仕舞っていた竿をやおら取り出す時、なんと目の前の柱島がすっぽりと大きな虹に包まれているではありませんか。吉兆に思え、竿を振る手に力が入りました。ホームグランドの端島(はしま)での釣りの時です。   ○ 凩や野猫の声も海に出る  背後の松林をざわざわとゆすったかと思うと、人の声も猫の鳴き声も竿のしなる音も、みなかき消して海に吹き抜けていきます。それでも竿は決して離しません。    ○ 梟(ふくろう)の鳴きて月落ち波静か                       早春になると、島ではふくろうが鳴きます。時には子を連れて波止に降りてくることもあります。真夜中、ほーっほーっと、ふくろうの声に誘われるように、上弦の月が沈んでいきました。あとは、ただ寄せては返す波の音だけです。   ○ 君慕い大波止(おおはと)に出でむ月冴えて  周防大島の港には長い長い波止があります。仲秋の名月に誘われるように、友人の後に従い、思わず先端まで出てしまいました。釣りには向きませんが、月影の海は、金の鱗のように輝いていました。格別の月見をしました。   こうして、年中、めばるを追い、万葉の故地を尋ねて、瀬戸の海に出ています。 (1993年8月「チャーリングのひろば」掲載) |