水やり3年 |
私は18年前、一鉢のカトレヤと偶然出会いました。それは、夏花用カタログの番号を間違えたために送られて来た苗でした。5cmほどの濃緑の葉が3枚、その下に各々3cmのふくらみのある茎(バルブと呼ぶことを後で知りました)がついていてそれらが一筋の茎(リード)の上にきちんと並んだ、初めて見る奇妙な植物でした。
名札にメモリア・クリスピンロザレスとありました。カトレヤの花の美しさは聞いていましたが、苗を見るのは初めてだったのです。送り返そうかとも考えましたが、珍しいのでともかく育ててみようと思い、早速、書店で「洋蘭の育て方」という本を求めました。
温度管理や水やりのまずさから、何度か枯れそうになりましたが、1979年7月新しい葉が展開すると共に、バルブから鞘(シース)が伸びて、やがてその中に蕾が透けて見えてきました。その嬉しさは言うまでもありません。 8月、いよいよシースを破って2つの蕾が出てきました。ところが蕾が膨らんだ時、ちょうど海外研修に出発したのです。パリに滞在している時に、ラベンダー色の花が見事に開花したそうです。それ以来カトレヤの鉢は増え続け、現在80種200鉢を育てています。もちろん、あのメモリア・クリスピンロザレスの子孫たちも健在です。
ところで、カトレヤは「水やり3年」と言われています。 カトレヤはメキシコから南米大陸のブラジルにかけて、赤道付近の1000mを越す高地の樹上に自生していて、1年が雨期と乾期とに分かれているそうです。そのため、日本の冬は寒過ぎ、夏は反対に暑過ぎます。 しかし、カトレヤを枯らすのは、温度管理よりも、むしろ水やりのためです。自生地の環境から考えると、夏は夜たっぷりと、冬は3日に1度水をやるのがよいようです。ところが、愛するあまり、夏は暑いだろうと日中に水をやって熱し、冬は乾き過ぎるからと毎日水をやって震えさせてしまうのです。愛情の過多がかえってあだになるのです。「水やり3年」とは、確かによく言ったものです。
とはいえ18年取り組んだ今も、水やりでは失敗の連続です。カトレヤにも顔があり、個性があります。個性を伸ばし、美しい顔に笑みをもたらすには、実は一鉢ごとに水のやり方を変えねばならないことがわかってきました。思うに「水やり3年」とは、教育と同様、3年目から、本当の難しさがわかるということかもしれません。 (1994年8月「チャーリングのひろば」掲載) |