万葉集巻第十五 [目録]
天平(てんぴょう)八年丙子(ひのえね)夏六月、使を新羅国(しらぎ)に遣(つか)はしし時に、使人(つかひびと)らの、各々別れを悲しみて贈答し、また海路の上にして旅を慟(いた)み思ひを陳(の)べて作る歌。所に当たりて誦詠(しょうえい)する古歌を併(あは)せたり。 一百四十五首。
@ 出発前の贈答歌 | 11首 |
A 家を出る時の歌 | 5首 |
B 出航し、備中までの歌 | 8首 |
C 古歌(人麻呂の「明石の門」の歌など) | 10首 |
D 備後・安芸での歌 | 13首 |
E 古歌(挽歌など長歌2首を含む) | 5首 |
F 周防での歌 | 14首 |
G 豊前での歌(漂流後) | 8首 |
H 筑紫での歌 | 29首 |
I 肥前での歌 | 7首 |
J 壱岐での歌(雪宅満への挽歌・長歌2) | 6首 |
K 対馬での歌 | 21首 |
L 帰途播磨の家島での歌 | 5首 |
@
出発前の贈答歌
3578
武庫(むこ)の浦の 入江の渚鳥(すどり) 羽(は)ぐくもる
君を離れて 恋に死ぬべし
(武庫川の入江の渚(なぎさ)の鳥が、親鳥の羽に包まれているように可愛がってくれた
あなたと離れ、わたしはこがれ死にしそうです。)
|
| 3579
大船に 妹(いも)乗るものに あらませば
羽ぐくみ持ちて 行かましものを (私が乗って行く大船に、愛するおまえが乗っていいのだったら
今までと同様に羽で包むようにして、一緒に連れて行こうものを)
|
3580
☆君が行く 海辺の宿に 霧立たば
吾が立ち嘆く 息と知りませ |
|
3581
☆秋さらば 相見むものを 何しかも
霧に立つべく 嘆きしまさむ |
3584
別れなば うら悲しけむ 吾(あ)が衣(ころも)
下にを着ませ 直(ただ)に逢(あ)ふまでに
(お別れしたら悲しくなるでしょう。せめて、わたしの着物を下にお着になってください。
直接お逢いするまで。) |
|
3585
吾妹子(わぎもこ)が 下にも着よと 贈りたる
衣の紐(ひも)を 吾(あれ)解かめやも
(私の愛するおまえが、下着に着よといって贈ってくれた着物の紐を、また逢う日まで
決して解きはしないよ。) |
3587 ☆たくぶすま 新羅へいます 君が目を
今日か明日かと 斎(いは)ひて待たむ
(新羅にいらっしゃるあなたにお目にかかるのを、今日か明日かと、潔斎して待っておりましょう。) |
|
3588 はろばろに 思ほゆるかも 然れども
異(け)しき心を 吾(あ)が思(も)はなくに
(新羅の国は遥かに遠く思われることだ。しかし、そんなに遠く離れても、私は決してあだし心を持ったりはしないよ。) |
D
[安芸国風早での歌]
3615
☆わが故に 妹嘆くらし 風早の
浦の沖辺に 霧たなびけり
3616
沖つ風 いたく吹きせば 吾妹子が
嘆きの霧に 飽かましものを
(もし沖の風が激しく吹いたら、愛する妻の ため息の霧にたんのうしようものを。)
[安芸国長門の島での歌:長門の島は現在の倉橋島(くらはしじま)と考えられる]
3617
石走(いはばし)る 滝もとどろに 鳴く蝉の
声をし聞けば 都し思ほゆ
(岩の上を流れる激流も一層とどくように鳴く蝉の声を聞くと、都が偲ばれる。)大石蓑麿の歌。
3818
山川(やまがは)の 清き川瀬に 遊べども
奈良の都は 忘れかねつも
(山の中を流れる川の清く美しい瀬で遊んでいるが、川と言えば大和が思い出され、奈良の都は
忘れることができない。)
3621
わが命を 長門(ながと)の島の小松原
幾代を経てか 神さびわたる
(わが命長かれと祈る長門の島の松原が、こんなに神々しいのは、 幾代を経たからであろうか。)
|