枕草子 第129段「頭の弁の職に参り給ひて」 |
問題と解答/解説【基本学習 問一〜十二】 |
(登場人物・場面展開・心理) |
問一 会話の部分と手紙の部分に分けて、おのおの誰がどんな気持ちで述べたものかを整理してみよう。 |
【会話の部分】
@「夜いたうふけぬ。・・・」=頭の弁のことば。「心残りだが明日が天皇の物忌みなので夜半までに宮中に帰らねばならない」と残念がる気持ち。
A「逢坂の歌はへされて・・・」=頭の弁のことば。「私の歌に圧倒されて返事が出来なかったね。あなたの手紙はみんなが見てるよ。」と清少納言をからかっていることば。
なお、「逢坂の歌はへされて、返しもえせずなりにき。いとわろし。」を地の文とし、「さて・・」以下だけを頭の弁のことばと考えることもできる。そうすると、からかいの度合いは少し弱くなる。
→ 問七 参照 B「まことに思しけりと・・・」=清少納言のことば。「あなたがみんなに見せたのは私の歌が上出来だからでしょう。あなたのは見苦しい歌だから誰にも見せません。お互いに同じ配慮ですね。」と皮肉な冗談による応酬のことば。
→ 問八 参照
C「かくものを思ひ知りて・・・」=頭の弁のことば。「一般の女性なら私を悪く言うはずなのに、ものがよくわかっていて言うんだから」と皮肉による逆襲にとまどってつぶやくことば。
→ 問九 参照 D「こはなどて。・・・」=清少納言のことば。「むしろお礼を言いたいほどですわ。」と、さらに畳みかける皮肉の冗談。
→ 問十 参照 E「まろが文を隠し給ひける・・・」=頭の弁のことば。「私の手紙を隠してくださったのはありがたい。今後もよろしく。」と皮肉な冗談でその場をやっと納めたことば。
F「頭の弁は、いみじう・・・」=経房のことば。「頭の弁があなたをほめていらっしゃる。私の『思ふ人』がほめられるのはうれしい。」と清少納言を口説くことば。
G「うれしきこと二つにて・・・」=清少納言のことば。「頭の弁にほめられたことと、あなたの『思ふ人』の一人に入れてもらったことがうれしい。」と相手をはぐらかして言うことば。
H「それめづらしう、・・・」= 経房のことば。「いま知ったかのように言うんだから困る。」と、はぐらかされて言うぐちのことば。
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【手紙の部分】
(1)「今日は残り多かる心地・・・」=頭の弁の手紙。「夜通し逢っていたかったのに、鶏(物忌み)のために遮られて残念だ」と名残惜しい気持ちを述べている。男が女と逢った翌朝に書く後朝(きぬぎぬ)の文(ふみ)の形をとって冗談めかしている。
(2)「いと夜深く侍りける・・・」=清少納言の手紙。「夜中に鳴いた鶏なら、孟嘗君のにせものと同じで、あなたのついたうその言い訳でしょう」と機知で応酬している。
(3)「孟嘗君の鶏は、・・・」=頭の弁の手紙。「中国の話ではなく、私の話は愛し合う男女が逢うという『逢坂の関』の話ですよ」と、これまた機知で切り返している。
(4)「夜をこめて・・・」=清少納言の歌の手紙。「ほかではだませても私はだまされませんよ。」と、男を拒絶する戯れの歌。技巧で固めた機知の歌である。のちに百人一首で有名になった。
(5)「逢坂は・・・」=頭の弁の返歌。「だますまでもなく、あなたは私を待っているのでしょう」と切り返した戯れの歌。
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問二 「はじめのは」「のちのちのは」とあるが、おのおのどの手紙を指しているか。
@「はじめのは」=(1)「今日は残り多かる心地・・・」=頭の弁の手紙。
A「のちのちのは」=(3)「孟嘗君の鶏は、・・・」の頭の弁の手紙と、(5)「逢坂は・・・」の頭の弁の返歌。
問三 「僧都の君」が「いみじう額をさへつきて」もらって行ったのはなぜか。
僧都の君(隆円。中宮定子の弟)にとって、有名な書の大家である頭の弁(藤原行成。三蹟の一人)の書はとても貴重なもので、畳に頭をこすりつけるほどに価値があったのである。
問四 「これは逢坂の関なり」と述べたのは、どんな気持ちからか。
清少納言から孟嘗君のように嘘つきだと言われたので、
「あなたは中国の函谷関のことをおっしゃているが、私が話しているのはわが国の逢坂の関のことで、男と女が逢うという話ですよ。」と話をそらせて切り返している気持ち。
問五 「心かしこき関守はべり」と述べたのはどんな理由からか。
話題が男女の話に切り替えられたので、歌に加えて「わたしの心は、男によってやすやすとだまされはしませんよ。」と念を押すため。男女の相聞歌の形を真似た戯れである。
問六 「さて」とあるのはなぜか。作者の気持ちを述べよ。
行成の手紙を隆円僧都や中宮定子に渡したという後日談に話が移ったので、話を元の出来事の場面(時点)にもどそうとする気持ちで述べた言葉である。
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問七 「逢坂の歌はへされて、返しもえせずなりにき。いとわろし」をかぎ括弧にいれない解釈もある。地の文にした場合と括弧に入れた場合とどのように変わるか。
【地の文の場合】
@作者清少納言の反省文となり、相手頭の弁に対し完敗したことを認める気持ちを述べたことになる。従って、「いとわろし」は自分の気まずさを述懐した言葉となる。(塩田良平「評釈」・池田 亀鑑賞「全講」・岩波「古典大系」などの説) A「逢坂の歌は・・・なりにき」を地の文とし、「いとわろし」から頭の弁の言葉に入れる説もある。その場合は作者が客観的に相手に圧倒され返歌ができなかったことを認めた事実を述べた事になり、それに対する感情は述べていないことになる。(「日本古典全書」などの説)
【会話文の場合】
@「逢坂の歌は・・いとわろし」を会話文とし「さて・・」云々に入れると、作者が返歌をしなかった真の理由は不明となり、理由はすべて頭の弁が勝手に考えて、清少納言をからかう材料に使ったものとなる。(渡辺実「岩波新古典大系」の説。ここでは一応この考えに従った。) A能因本(139段)には、「いとわろし」のあとに、「と笑はせたまふ」の文が付いている。その場合は「逢坂の歌は・・・いとわろし」を中宮定子の言葉と採る考え方も出てくる。この場合、中宮が清少納言をからかいながら諭したことになる。(田中重太郎「全注釈」などの説) |
問八 「まことに思しけりと・・・」の会話文は、どういう気持ちでどんな言い方をしているか考えてみよう。
本当の気持ちと反対のことを言って、相手の思いやりのなさを皮肉っている。 本当の気持ちは、「どうして私の下手な歌を他人(殿上人の方々)にお見せになるのか。そんな思いやりのなさから考えると、あなたは本当は私のことなど思っていないことがわかりました。」と言いたいのである。
「また、見苦しき言散るがわびしければ・・・」はその皮肉の勢いからの付け足しで、実は自分も相手の手紙を優れたものとして、第三者(定子やその弟)に見せているのである。
問九 「かくものを思ひ知りて・・・」と述べたあと、「笑ひ」なさったのはなぜか。
予想もしなかった相手(清少納言)の強烈な皮肉の逆襲に戸惑う照れ笑い。
問十 「こはなどて。よろこびをこそ聞こえけめ。」と返事をした理由を考えよう。
相手の少しひるんだ隙に、ここぞとばかりさらに強烈な皮肉で畳みかけ、容赦なく相手を窮地に追い込んでいこうと考えている。
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(基本的文法)
[条件法]
問十一 接続助詞「ば」「とも」「ども」を伴う条件法を挙げて説明せよ。
@なりなば=順接仮定条件。「な(助動詞・完了・未然形)+ば」。なるならば。
A聞こえたれば=順接確定条件。「たれ(助動詞・完了・已然形)+ば」。申し上げたところ。(偶然関係)
Bあれども=逆接確定条件。「あれ(動詞ラ変・已然形)+ども」。(本に)書いてあるけれども。
Cあれば=順接確定条件。「動詞ラ変・已然形+ば」。書いてあるので。(因果関係)
Dはかるとも=逆接仮定条件。「動詞ラ行四段・終止形+とも」。だましても。
E関なれば=順接確定条件。「なれ(助動詞・已然形)+ば」。関であるので。(因果関係)
Fのたまへば=順接確定条件。「のたまへ(動詞ハ行四段・已然形)+ば」。おっしゃるので。(因果関係)
Gわびしければ=順接確定条件。「わびしけれ(形容詞シク活用・已然形)+ば」。つらいので。(因果関係)
Hいへば=順接確定条件。「已然形+ば」。言うと。(偶然関係)
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【係助詞】
問十二 係助詞(「は」「も」をのぞく)をすべて挙げて、結びがどうなっているか説明せよ。
@心地なむ → 「する」(動詞・サ変・連体形)
A催されてなむ→ 省略。「まかりし」(謙譲語+助動詞・過去・連体形)
B孟嘗君のにや→ 省略。「はべらむ」(丁寧語+助動詞・推量・連体形)
C待つとか→ 省略。「言ふ」(動詞ハ行四段・連体形)
Dこれにこそ →「ぬれ」(助動詞・完了・已然形)
Eわざぞかし →結びなし。終助詞「強意」ととってもよい。
Fひとしくこそは→ 省略。「はべらめ」(丁寧語+助動詞・推量・已然形)
G女のやうにや→ 「む」(助動詞・推量・連体形)
Hとこそ → 「つれ」(助動詞・完了・已然形)
Iよろこびをこそ → 「め」(助動詞・意志・已然形)
J侍りけるをなむ → 省略。「うれしき」(形容詞シク活用・連体形)
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