縁は味なもの
 
  の家には縁側があった。お婆さんが針仕事をし、その横で三毛猫が昼寝をしていた。あの縁側である。縁側の多くは道筋に面し、近所の人達が気軽に腰を下ろし、子供達の遊び場にもなった。
  夏になると、道端のあちこちに縁台が持ち出され、みんなで楽しむ線香花火は、子供達の脳裏を焼いた。縁台は、縁側の延長線上にあったと思われる。
  子供達は、縁側や縁台で、実に多くのことを学んだ。上級生に将棋を習い、隣のお爺さんから社会の仕組みを学び、向いの小母さんに挨拶の仕方を教わった。
  縁側は、内と外とを繋ぐ、言うなれば、「縁結び」の空間である。何となく外の人と付き合うには、最もふさわしい場所であった。そして何よりも、常に外に向って開かれていた。従って、縁側や縁台の周りは、いつも清潔に保たれていなければならない。その清掃は、多く子供達の仕事であった。水拭きもほうきの使い方も、そこで教えられた。
  ころが、現在の日本の都市からは、縁台はもちろん、縁側も姿を消した。生活の洋風化に伴い、縁側は玄関や応接間に吸収され、わずかに裏庭に残るかベランダに面影を留めているにすぎない。しかし、そこはもう、よそ者が立ち寄ることは許されない。
  さらに、部屋も個別化され、テレビやファミコンと向き合う孤独な少年が増加しているという。外と気軽に接し、社会の仕組みを自然に学ぶ、そのような窓口を持たない環境の中で、子供達は自閉的になり、利己的になりがちである。そして、かつて縁台が出された道端は、いま、車という個室によって占有されてしまった。
  急速な経済成長と共に、私達はマイホーム的自我の確立を求めてきた。そこで得たプライバシーは確かに大切なものであろう。しかし、その名のもとに、外と接する窓を塞ぐのは、賢明な処置であったろうか。
  、私達は家屋の縁側を失うだけでなく、心の縁側まで失ってはいないだろうか。近隣を思いやる気持ちや、共有する空間を清潔に保つ気持ちを失ってはいないか。困っている友がいても、気付かなかったり、気付かぬふりをしていないか。
  自分の住む家や、乗る車や、座る椅子だけは大切にするが、その外側に対しては、思いやりを示さない人がいる。通路にゴミを捨てる人、それを蹴散らして過ぎる人がいる。利害に関係なければ、挨拶をしない。利益に繋がらなければ、自分からは動かない。昔は「縁の下の力持ち」を美徳とされた。今は縁側がなくなったから、陰に回って力を出す必要がなくなったのだろうか。
  達は、自我の周囲に、外と気楽に、また積極的に接することのできる「心の縁側」を持てないものであろうか。利己がむき出しになった自我は、ぶつかり合えば互いに傷つく。スピードを尊び、我先に走る車社会の中で、譲り合い、力を合わせる緩衝地帯が、今必要であろう。心の縁側の復権を切に願う者である。
  若者は、打算なく、最も純粋に他との交渉が可能である。自我に目覚め、鋭く研がれた若者の心に、外界に向かって柔軟に対応できる縁側を付けることを教えたい。それが大人の役目であろう。
  「縁は異なもの味なもの」とは、男女の仲の妙を言うが、心の縁もまた味なものといえる。 
             (1988年5月「基町高校PTAだより」掲載   川野正博 著)